説 明
「めでたい柚子胡椒 亀」
柚子胡椒なんか、ほとんど同じ味と思っていました。
ちよっと長くなりますが、自分の柚子胡椒噺にちょっとだけお付き合いください。
実は、自分は福岡で小さな広告代理店をやっています。もう三十年になります。まさか、自分が柚子胡椒を売るようになるとは思ってもいませんでした 笑。そのキッカケは、二十年程前に遡ります。福岡のある明太子屋さんのお仕事で、日田の川津家に伺ったことに始まります。なぜ日田に伺ったかと言うと、そこの明太子の隠し味に、ここの柚子胡椒が使われていたんです。伺った当時、川津のおじいちゃんはご健在で、お会いしてすぐに「わしが柚子胡椒を最初につくったんだよ。」とこっそり呟かれて、もう驚きでした。このおじいちゃんがいなかったら、柚子胡椒は生まれてなかったかも。※取材は、お孫さんが丁寧に説明してくれました。まず、なんでこの地で作っているかの噺です。昔昔から、この地には柚子の木(棘が半端なく長くて強い原種です)がたくさんあっそうです。また、この地では山葵の代わりに、柚子の皮を細く千切りにして薬味として使うと言う食文化あったそうです。また、日本酒の徳利の上に柚子の皮を絞った汁を付けて、塩をぬって飲むと言う習慣もあっそうです。そんなこんなでゆずとの関係は深い土地柄でした。そんなある日、山葵代わりと思いついて作ったのが柚子胡椒だったとお聞きしました。前津江村の標高は三百から五百メートルの山奥です。自然の摂理として、柑橘の基本は、皮ではなく実であり、種です。皮は、実や種を守るためにあります。つまり、寒暖の差が大きな土地で育つものは、中の実や種を守るために、皮が厚くなります。ただ、柚子胡椒に必要なものは、実や種ではありません、皮なんです。そー、厚く育った皮には、柚子胡椒に必要なうまみ成分が満載。また、川津家では、成長過程の違う5種の皮をブレンドして作っているとのこと。そしてそして、皮の剥き方も、機械ではなく手剥き、皮のうまみを決して逃すことはありません。もー、ここまででお腹いっぱいですが、まだまたあります、続いての噺は塩、当初おじいちゃんは、隣村にある梅の大産地大山町で使われていた塩を使っていました。お孫さんの代になり、フランスの塩などいろんな塩で試作してそうです。ただ、色が黒くなったりし、やっぱりこの地で作るには隣村で使われている長崎の海塩がいいんだと結論づけました。そして唐辛子、はじめピリッとしあとからスーと辛さが抜けていく種類のもの使用。種を農家さんにお渡しして育てていただいています。聞けば効くほど、なるほど〜と、思うところだらけです。さぞかし旨いんだろうなと思ってましましたが、当時の自分は、柚子胡椒の味ってみんな同じと思っていました。そして取材終了。柚子胡椒を1本購入。帰りが遅くなったので、小倉の行きつけの洋食屋さんに直行。「今日、柚子胡椒屋さんに行ったのでお土産。」と、その柚子胡椒をプレゼント。注文した料理は「アンチョビのピザ」とビール。味の分かる若いシェフが「いただいた柚子胡椒を横に置いてるので付けて食べてみてください」と。そして食べた途端、衝撃が走りました。うまい、うますぎ。立ち上がって「柚子胡椒はタバスコを越える世界の調味料だ」と叫んたのを思い出します。さらに、2週間後その洋食屋に伺ったら「みんなうまいうまい」と言って食べてますよとのこと。そして、1ヶ月後、再度伺うと、もう柚子胡椒は置いてない。「なくなったら、買ってきたらいいやん」、「鶴田さん、あの柚子胡椒じゃないと、ダメなんですよ」。そーいうことなのか。あの柚子胡椒は違うんだ、彼が言うなら間違いない、これじゃないとダメなんだ。たった三つの素材でできている柚子胡椒。惚れ込んだ結果、こうなりました。後日談です。柚子胡椒の千切り、福岡の寿司屋さんで話したら、大将が「うちにもあるよ」って出してくれたことがあります。皆さんも行きつけのお寿司屋さんで聞いてみたらいいかもですよ。
※柚子胡椒発祥の地の噺は、いくつか説があって、その一つと言われているのが大分県日田市です。その日田の前津江の川津家の柚子胡椒に、吉祥柄萬年亀を施したのが、めでたい柚子胡椒亀なのです。
みなさまの食卓がいつまでもめでたく、幸せでありますようにの想いを込めてつくっています。